「福井県に住む37才、二児の父」 書いている内容は基本的に、以下の内容が多いかと思います。 小説や詩を書くことまた、読むこと。 (創作活動を最近はしていない) 映画鑑賞関連。音楽を聴くこと、演奏すること、お酒を飲むこと、釣りをすること。 家族とのこと。 もしお時間があれば、コメントを書いて頂けると更新頻度が上がると思われます。
2011年9月25日日曜日
2011年9月16日金曜日
2011年9月1日木曜日
笑い話になればいいな
| 2011年新潟県は長岡の花火大会より |
何かに身を寄せていないと飛ばされてしまいそうだ。
こんなにも突発的で、荒々しい風雨が吹いてくるなんて、至らない僕には考えもつかなかった。
これは台風の話ではなくて長く続いている僕の恋愛の話だ。
長い恋愛模様の中では、相手から愛してもらっているという実感が
感じられないこともままあるだろう。浮き沈みはあるだろう。
昔の僕はそれが分からず、いつも最高潮の「愛してる」を求めていた。
いつ何時でも高揚感のある、目に見える形の愛情を求めていた。
しかし時は流れ、いつしか僕も、温かな土壌的愛情を欲している事に気がついた。
僕はこれまで彼女に何度別れ話を切り出したか分からない。
別れようと思う原因は彼女にはなく、それはいつだって僕の問題だった。
僕個人のエゴと性欲なんかをロマンなどと言い換えたまがい物を、ことあるごとに倉庫なんかから取り出してきて、恍惚とした表情で眺め、一過性のそれを彼女に熱弁するのだ。
彼女からすればたまったもんじゃない。
その度に彼女は泣き、僕はそうした彼女の後ろ姿を「男ってもんが分かってねえな」等と、
どこか嘲るような格好でなだめ、そして時間が経つにつれまた二人は「いつもの二人」に戻っていった。
戻れた事は、実際当時の僕にとっては何でもないことがらだった。
普段はごはんを食べているけどパンがおいしそうだと思い、
パンを一時的に食べていたけどやっぱり僕はご飯なんだ、とでもいうように。
しかし今にして思えば戻る事が出来たなんて、ほとんど奇跡に近い事だと思う。
彼女の苦労と寛容さが今にして身に滲みる。
しかし、今回のように彼女の側から別れ話を切り出されるなんてのは、考えてもいないことだった。
ありえない、最初聞いた時にまず、そう脳裏をよぎった。
次に思ったのは自分はなんて馬鹿だったのだろう、ということだった。
驕り、過信、自意識過剰。
いつでも彼女の心は(どれだけ距離が離れていたとしても)僕に向けられていると思っていた。
僕はこれから、どうにか彼女の気持ちを、彼女の目を、僕に戻したいと思う。
そういった心持ちを、僕の心情を彼女に伝えたけれど、彼女は「もう疲れたわ」と言う。
「連絡をしてこないで」と僕に言う。
あとからこの文章を見たときに笑い話になればいいと本気で思う。
これだけ心から望む自身の笑い話は人生で初めてである。
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