愛するという豊かな能動性がそれぞれに見られるだけだ。
「福井県に住む37才、二児の父」 書いている内容は基本的に、以下の内容が多いかと思います。 小説や詩を書くことまた、読むこと。 (創作活動を最近はしていない) 映画鑑賞関連。音楽を聴くこと、演奏すること、お酒を飲むこと、釣りをすること。 家族とのこと。 もしお時間があれば、コメントを書いて頂けると更新頻度が上がると思われます。
2011年5月30日月曜日
2011年5月25日水曜日
Funkybeat and Rockstyle:Crush downの楽曲
Funkybeat and Rockstyle by ibukijohn
もう、何年前になるかな。
友人達と組んだ4人編成のバンド Crush down (クラッシュダウン)
Red Hot Chili Peppersをリスペクトする4人がたまたま東京に居合わせていたわけで
これはもうバンドをやるしかないな、ってことになった(んだったけかな 笑)
俺はその中でギターを弾いていた。
ギターはフェンダーのテレキャスターだった。
せいじ(Dr)、山3(Ba)、ヤッシー(Vo)、そして俺(Gt)
この音源はセミプロの方に高田馬場のまともなスタジオで録ってもらったんだ。
リズム隊(Dr.Gt.Ba)でスタジオに入って、3テイクを通しで録った一発目の音源。
そこにあとからVoを乗せて、mixingして完成だ。
まだまだあまーーい箇所はあるけれど、バンドのアンサンブルを
これだけのダイナミクスをつけて演奏出来れば、悪くないなぁって今聴いても思う。
さて、今からTaikiに送ってもらったVoさんのメロディーに
伴奏を付ける作業に着手するぜ。どんなものになるか楽しみ。
ワクワクすることを見つけてどんどんやっていこうじゃないか!!!
2011年5月20日金曜日
今日を生きる
「もっとも偉大なのはメタファーの達人である。
通常の言葉は既に知っていることしか伝えない。
我々が新鮮な何かを得るとすれば、メタファーによってである」by.アリストテレス
本日は6時過ぎに一度目が覚めて、
それから再度8時頃まで寝て、また、起きて、パン屋へ向かった。
サンドイッチと紙パックのあまーいコーヒーを買って、食って、
その後、アリストテレスと詩学に関しての考察を深めた。
これから、少し、ランニングしようと考えている。
休みの日、最近の僕は何も食べずに朝8時頃から10時くらいまで
約10キロ程を走っている訳だけど、朝の二時間は午後の二時間に比べて
意識的高まりにおいても体力的側面から考えても、非常に貴重なので、
今日はいつもとはスタンスを変えて、望んでいるんです。
現在BGMとして流している音楽は「Obedient feelings by Taiki_Masai」。
この文章を書きながら、僕の意識は東京は立川で
彼と一緒にスタジオに入っていた瞬間に飛ぶ。
そこでは二人は音に耳をすませている。
音を通して、二人は対話している。
そういった奇跡とも例えられる様な経験を、
彼と僕はひとときではあれ、体験した訳だ。
実生活の煩雑性からはかけ離れた、その対岸にあるような素晴らしき創作行為。
もはや「これからもよろしくお願いしますよお」としか言いようが無い 笑
さて、今日は曲作りと、短編小説を書こう。
まずは、走りにいこう。すべてはそれからだ。
通常の言葉は既に知っていることしか伝えない。
我々が新鮮な何かを得るとすれば、メタファーによってである」by.アリストテレス
本日は6時過ぎに一度目が覚めて、
それから再度8時頃まで寝て、また、起きて、パン屋へ向かった。
サンドイッチと紙パックのあまーいコーヒーを買って、食って、
その後、アリストテレスと詩学に関しての考察を深めた。
これから、少し、ランニングしようと考えている。
休みの日、最近の僕は何も食べずに朝8時頃から10時くらいまで
約10キロ程を走っている訳だけど、朝の二時間は午後の二時間に比べて
意識的高まりにおいても体力的側面から考えても、非常に貴重なので、
今日はいつもとはスタンスを変えて、望んでいるんです。
現在BGMとして流している音楽は「Obedient feelings by Taiki_Masai」。
この文章を書きながら、僕の意識は東京は立川で
彼と一緒にスタジオに入っていた瞬間に飛ぶ。
そこでは二人は音に耳をすませている。
音を通して、二人は対話している。
そういった奇跡とも例えられる様な経験を、
彼と僕はひとときではあれ、体験した訳だ。
実生活の煩雑性からはかけ離れた、その対岸にあるような素晴らしき創作行為。
もはや「これからもよろしくお願いしますよお」としか言いようが無い 笑
さて、今日は曲作りと、短編小説を書こう。
まずは、走りにいこう。すべてはそれからだ。
2011年5月18日水曜日
感性を研ぐという作業に関してなど
| 最近のおいら@みずほ台 |
ヨシズミとジャックの往復書簡2
ふいーっ、上記の作品をやーっと書き終わりました。
今は2011年5月18日の夜の11時過ぎです。
いやいや、今日は(昨日が遅かったのもあって)午前10時くらいに目が覚めて
昨日の友人とのチャットを見直していて、そこでアッと閃いたわけですよ。
「web上の往復書簡という形体でヨシズミ氏の世界を描いてみよう」と。
ヨシズミ氏が旧友といわゆるチャットをやっている、と仮定して
そこにアガルタの概念と音楽と芸術表現やなんやかんやを
一緒くたに入れこんで「会話で具現化し成立する世界観の構築」
なるものを目指してみよう、と。そこから約10時間程かかりましたね。
丸一日かかりました。
いやー、昨日実際にチャットしていた時に、俺自身は
興奮してしまいましてですね、文章を書いている、自分に酔ったわけで。
もちろんそれは、彼が話を聞くのが非常にうまい、ってのがミソなんですけど。
そういったある種のトランス状態を獲得できる機会が、なんだか年をとるに連れ
徐々に少なくなってきていると感じるんです。
若い頃は良かったんですよ。感性感覚的なものが鋭利だから。
研いだばかりの包丁と一緒で、よく切れる。
でもそれだからといって、また研いであげなければ、切れなくなっちゃう。
だから最近は自らを、よーく、研ぐ様に心がけているんですよ。
実生活的に置き換えて書くとですね、例えば音楽に関して言えば
youtubeを見るときもただなんとなくじゃなくて、姿勢で言えば前のめり的に。
ツタヤにいけば、あるアーティストが出しているすべてのCDを借りて聴きまくったり。
アコースティックギターを買って、弦を替えて、引き続けてみたり。
今年中に10曲を作って、自分のアルバムを作るんだ、と公言してみたり。
そういう風に、意識的に動く作業に、念を入れてやってます。
そんな事を考えている、珍しく酒を飲んでいない、僕でありました。
2011年5月3日火曜日
Takuo@盟友と義援に関しての考察
| Takuoとおいら(右から)2009.11.21 |
前回に引き続き、友達の話。
高校時代から現在に至るまで交友関係が
続いている友人の一人に、Takuoという人物がある。
彼は僕の友人の中でも比較的に内向的性格の持ち主で
ま、端的に言えばあまりオープンな性格ではない。
逆に僕という人間は、本質的にオープンな性格である。
例えば、二人を記号で表せば「凹」と「凸」。
突き放して見てみても、この二人は相性が合うんじゃないだろうか
と、ある種一方的に考えている。
そういったことは置いておいて、
2011年GWの5月3日、彼から義援品が届いた。
生産地を見ると甚大な被害を被った、あの宮城県産だ。
「義」に厚い彼の事だからなぁと考えて、
僕としては嬉々としてその義援品を受け取ったってわけだ。
しかし、ごく一般的な常識と照らし合わせて考えてみて、
こうした行い(義援品を友人に贈るという行為)を自然に出来る友人が
僕の周りに一体どのくらい居るだろうか、という疑問がフと頭をよぎった。
言葉では、やれ「助け愛」だとか、やれ「ぷれいふぉーじゃぱん」だとか
言っているけれど、それを行動に転換している人は、どれくらい居るだろうか、と。
もちのろんこのように書いている僕も、
口で言うだけで何も行動を起こしていないという訳ではない。
直近で言えば、東京は銀座にある「いわて銀河プラザ」に赴き
伝統工芸品指定の南部鉄器製風鈴や、じゃじゃ麺などをいくつか購入し、
それを親友達に配ったりした。出来ることから行動しよう、と。
ちなみにそういったアンテナショップで地域の名産を求めれば
被災地域に(間接的ではなく)直接的にお金が届けられる、ってわけだ。
でも僕は別に、具体的に行動を起こすことだけが
正しいことだとは思ってはいない、と付け足しておきたい。
誰かが「口で何かを言っている時点」で、そのことを「知っている」ってことだし
勿論、思考回路的ベクトルが少しなりともその対象に向かったってことなわけで。
それだけでも(少なくとも)一定の評価に値するのだと思う。
しかし、前回にも書いたけど、まずは「知る」そして「考える」
次に「行動する」というプロセスが大切だと、僕は考える。
そういった観点では、孫氏の言うように「知って行動せざるは罪である」と
いう言葉は非常に共感出来るなぁと、ここに認めて(したためて)おきたい。
追記:20110503 12:55 Hantamaにも転載しておきます。
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