| Takuoとおいら(右から)2009.11.21 |
前回に引き続き、友達の話。
高校時代から現在に至るまで交友関係が
続いている友人の一人に、Takuoという人物がある。
彼は僕の友人の中でも比較的に内向的性格の持ち主で
ま、端的に言えばあまりオープンな性格ではない。
逆に僕という人間は、本質的にオープンな性格である。
例えば、二人を記号で表せば「凹」と「凸」。
突き放して見てみても、この二人は相性が合うんじゃないだろうか
と、ある種一方的に考えている。
そういったことは置いておいて、
2011年GWの5月3日、彼から義援品が届いた。
生産地を見ると甚大な被害を被った、あの宮城県産だ。
「義」に厚い彼の事だからなぁと考えて、
僕としては嬉々としてその義援品を受け取ったってわけだ。
しかし、ごく一般的な常識と照らし合わせて考えてみて、
こうした行い(義援品を友人に贈るという行為)を自然に出来る友人が
僕の周りに一体どのくらい居るだろうか、という疑問がフと頭をよぎった。
言葉では、やれ「助け愛」だとか、やれ「ぷれいふぉーじゃぱん」だとか
言っているけれど、それを行動に転換している人は、どれくらい居るだろうか、と。
もちのろんこのように書いている僕も、
口で言うだけで何も行動を起こしていないという訳ではない。
直近で言えば、東京は銀座にある「いわて銀河プラザ」に赴き
伝統工芸品指定の南部鉄器製風鈴や、じゃじゃ麺などをいくつか購入し、
それを親友達に配ったりした。出来ることから行動しよう、と。
ちなみにそういったアンテナショップで地域の名産を求めれば
被災地域に(間接的ではなく)直接的にお金が届けられる、ってわけだ。
でも僕は別に、具体的に行動を起こすことだけが
正しいことだとは思ってはいない、と付け足しておきたい。
誰かが「口で何かを言っている時点」で、そのことを「知っている」ってことだし
勿論、思考回路的ベクトルが少しなりともその対象に向かったってことなわけで。
それだけでも(少なくとも)一定の評価に値するのだと思う。
しかし、前回にも書いたけど、まずは「知る」そして「考える」
次に「行動する」というプロセスが大切だと、僕は考える。
そういった観点では、孫氏の言うように「知って行動せざるは罪である」と
いう言葉は非常に共感出来るなぁと、ここに認めて(したためて)おきたい。
追記:20110503 12:55 Hantamaにも転載しておきます。
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