2020年9月13日日曜日

母の三回忌

 201410月エンゼルラインの中腹にて、母と)


・あなたにお母さんは居ますか?

いるに決まってるだろ!と、笑。そうですね、誰にでも母は居ますね。


・あなたのお母さんはご存命ですか?

生きている方もいれば、亡くなっている方もいますね。


・ご存命の方はそのお母さんと良好な関係を築けていますか?

と、こうなってくると難しいですよね。

物理的あるいは心理的距離が近すぎてもダメ、遠すぎても疎遠に、となかなかに難しいのが実際のところではないでしょうか。


・最後にご存命の方にお伺いします。

 仮にそのお母さんが明日亡くなるとして、今日お母さんに対してとった態度を明日もとりますか?

どうでしょうか。この問いに「YES!」とかつてのオバマ大統領の様に大手を振って応えられる方は本当に少ないのではないでしょうか。


心理学者のアドラーも言っているように、人間の悩みというものは基本的に全て対人関係に起因するものです。


人は、自身を含む対人関係において様々な欲望や業(カルマ)にかられ、本来自分が思い描いている理想とかけ離れた態度をとってしまう、ということがあります。


それはタイミングであったり、幼少期から現在に至るまでの何らかの過程的関係性であったり、たまたまその日にどちらかが機嫌が悪いだけ、などと理由は様々ですね。


「本当はあんな態度はとりたくないのにとってしまう」

「あっちがそんな態度だから、こっちだってそうなるわよ」


と、関係性はなかなかスムーズにはいきません。


また一方では社会生活を生きていく上でも人との関わりというものは切っても切れません。

直さなきゃ、などと思ってはみても、また同じことを繰り返してしまいますよね。

(特に親子関係というものは非常に難しい側面があり、うまくいかないことが多いものです)


そんな中で今回は「両親との関係性」というものに焦点を絞って書くのですが、関係性が良くない方、あるいは理想と乖離している方に対して一つ提案があって、ここまでツラツラと書いてきました。


その提案とは何かというと(ま、上にも一度書いたのですが笑)


「仮に母が明日亡くなるとして、今日母にとった態度を明日も私はとるのか」と自問すること、です。

昨日母に対してとった態度が問題ない、と言うことであればそれは素晴らしいことです。

ま、いいんじゃないかな、という人も素晴らしい。


ただ普段から、改善しなきゃな、直さなきゃな、と思っている方は、一度「仮に母が明日死ぬとしたら」ということを頭に描いて、接してみて欲しいと思います。

(「仮に〇〇」という考え方は網羅的に使えるがそれはまた別の機会に書こうと思います)


人は必ず、いつか死にます。


だからその仮定、あるいは仮定から起こした行動は決して無駄にはなりません。


今、まさにお母さんと喧嘩をしている最中だとしてふと「目の前でこうして話している母が明日死ぬとしたら、私は今から口に出す言葉を言うか」と自問すること。

これを行い、それを許す(赦す)ことで、関係性は必ず良くなっていきますよ。


是非、一度お試しあれ。



さて

ところで、僕のお母さんは二年前の四月に亡くなりました。


恐れながら、僕自身と母との関係性がどうだったかと言えば、ま自分で言うのは何ですがとても良好な関係が築けていたのではないかと自負しています。(相手がどう思っていたかは聞けずじまい笑)


それはなぜかと言うとその数年前には私の父が亡くなっているから、だと思います。

父が亡くなっているから、目の前の母も必ずどこかのタイミングで死ぬ、と。

だから懸命に今を楽しむ、今を生きる、相手のためを思って行動する、共時性を共有する、と。



ま、長々と書きましたが(ランタンの静かな火を見ていたらずっと書いてしまっていた笑)、そんなこんなで、今日は母の三回忌です。

会社には有給を申請し、お休みを頂きました。


三回忌が終わったら母があの世で喜んで笑い転げるくらいに、夜は盛大に呑みたいと思います。笑

明日仕事だけど〜笑


2018年2月21日水曜日

過ぎ去りし歳月の情景化


本ブログの、記念すべき第1投目の最後に添えた文章がある。


 Blogは本を出版するよりもHPを開設するよりも実に簡単且つ即時的であり、
 特に技術がなくても自身の考えを人に伝える事ことが出来る。
 更に即時的でありながらTwitterTimeLineのような流動性は無く、
 あるのは自身の記事だけである。
 つまりそこにあるものは、その人自身の姿(エゴ)だ。
 そういった意味においては、自問自答のツールとして
 あるいは備忘録としても当然機能することは間違いない。
 それよりも何よりも、書き続けることが大切だ。
 と、忘れないようにここにしっかりと書き記しておくとするか。  2011年3月20日日曜日

 http://come-dancing.blogspot.jp/2011/03/djibukijohn-vol2.html




私が今こうしてコメダ珈琲にて本ブログを更新している日時は、2018年の2月21日である。
つまり、上に書いた文章を投稿してから約7年の歳月が流れたことになる。

7年前というと私は当時、27歳だった。

34になった今の私が見ても、上の文章は比較的しっかりと味がある。

装飾過多な点や、重複している部分があるにせよ、書きたいことが、
その時に言いたかったことが、後々になっても理解可能な文章構成である。

少なくとも私が知る限り、このような文章を20代で書こうとする人を私は知らない。
(もちろんぼくが知らないだけで、世の中には溢れかえっているだろうけど)


さて今日は、この7年の間に、私が得たものと失ったものとを列挙してみようと思う。

それらをテーブルの上に(ある種雑然とするだろうが)並べることにより、日々を追うことに囚われていた自身の現状とあるいは今後とを俯瞰出来るのではないか。

ただ、文字に書き起こすことによってそれらが陳腐化してしまう、という懸念がある。

自身ではとても輝かしい過去だと思っていたとしても、それはもしかすると「ある種曖昧模糊としているからこそ輝いているのであって、姿形を纏うことによって本当の価値が下がる」のでは、あるまいか。

若い頃に、だいぶん以前に付き合っていた人と再び出会えたとして、
吉と出るか、はたまた凶と出るか、みたいに。

なーんてね。


ただ一つ言えるのは7年前の自身が予言したように、間違いなく備忘録として、および
自問自答のツールとして本ブログが機能していることはあながち間違いない。

書き続けることは、なかなか思うようにいかないけれども。うーむ。


2015年10月22日木曜日

子供が生まれて

本年の4月18日に男の子を授かった。
安産でスパッと生まれてきた。
僕は立ち会って赤子を抱きかかえた。

あの瞬間から半年が経った。
今ではもうたまらなく愛おしい。

自分の中の愛情がこんなにもあったのだと
逆説的に知った。

母は相変わらず入院していて、今のとこと
スパッと退院してくる予兆は見られない。

仕事はぼちぼちで(それは見方によっては非常に有意義なことなのだろう)
役職に就いた。

しかしこの業界は本当に移り変わりが激しいので
このまま会社が存続していくことが可能なのかどうかという点では
なかなか危ういのではないかと思う。

ただ代理店として契約を続けていくということは
上の求めるものに対してしっかりと応えていかなければ
ならないということだ。

ただ、その経営方針に関しては僕は若干の疑問を抱えている。
ユーザーよりではなく、経営優先なこの会社に
どこまで応えていかなければならないのか。

それはそれとして個人的には
DVD制作や、HP制作、それからギター教室と
休みの日を中心に忙しくさせてもらっている。


五体満足で暮らせるこの生活に不満などない。

あるとしたらその隙間からこぼれてくる妻の希望に
どこまで応えるかという点と、僕自身の粗末な欲求を
どう満たすかという穏やかな願望のみである。

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