2018年2月21日水曜日

過ぎ去りし歳月の情景化


本ブログの、記念すべき第1投目の最後に添えた文章がある。


 Blogは本を出版するよりもHPを開設するよりも実に簡単且つ即時的であり、
 特に技術がなくても自身の考えを人に伝える事ことが出来る。
 更に即時的でありながらTwitterTimeLineのような流動性は無く、
 あるのは自身の記事だけである。
 つまりそこにあるものは、その人自身の姿(エゴ)だ。
 そういった意味においては、自問自答のツールとして
 あるいは備忘録としても当然機能することは間違いない。
 それよりも何よりも、書き続けることが大切だ。
 と、忘れないようにここにしっかりと書き記しておくとするか。  2011年3月20日日曜日

 http://come-dancing.blogspot.jp/2011/03/djibukijohn-vol2.html




私が今こうしてコメダ珈琲にて本ブログを更新している日時は、2018年の2月21日である。
つまり、上に書いた文章を投稿してから約7年の歳月が流れたことになる。

7年前というと私は当時、27歳だった。

34になった今の私が見ても、上の文章は比較的しっかりと味がある。

装飾過多な点や、重複している部分があるにせよ、書きたいことが、
その時に言いたかったことが、後々になっても理解可能な文章構成である。

少なくとも私が知る限り、このような文章を20代で書こうとする人を私は知らない。
(もちろんぼくが知らないだけで、世の中には溢れかえっているだろうけど)


さて今日は、この7年の間に、私が得たものと失ったものとを列挙してみようと思う。

それらをテーブルの上に(ある種雑然とするだろうが)並べることにより、日々を追うことに囚われていた自身の現状とあるいは今後とを俯瞰出来るのではないか。

ただ、文字に書き起こすことによってそれらが陳腐化してしまう、という懸念がある。

自身ではとても輝かしい過去だと思っていたとしても、それはもしかすると「ある種曖昧模糊としているからこそ輝いているのであって、姿形を纏うことによって本当の価値が下がる」のでは、あるまいか。

若い頃に、だいぶん以前に付き合っていた人と再び出会えたとして、
吉と出るか、はたまた凶と出るか、みたいに。

なーんてね。


ただ一つ言えるのは7年前の自身が予言したように、間違いなく備忘録として、および
自問自答のツールとして本ブログが機能していることはあながち間違いない。

書き続けることは、なかなか思うようにいかないけれども。うーむ。


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