僕には2011年という年がよくわからないでいる。
視野を広げてみれば、世界各地で大きな震災があり、ここ日本でも三陸地方が壊滅的な被害を受けたことは記憶に新しい。
お亡くなりになられた方々には、心からのお悔やみを申し上げたいと思う。
生き残った僕らは生きているわけではなく、生かされているんだということを僕は震災をきっかけに感じるようになっていて
お亡くなりになった方々の「生きたい」という願いも、今生きている我々は背負いながらこれからも生活していかなければならない。
しかしあれからもう半年以上が経過しているとは、逆立ちして考えてみても早すぎる。
なんだか、2ヶ月ほど前のことのようだ。
震災は僕にとってはそれぐらいインパクトが大きくて、今、たった今でも津波によって街が飲まれていってしまう様子が
ありありと目に浮かんでは、静かに消えていく。(しかし残像で残り続けている)
それこそ、冷たい水が、まだ道路をひた走っている軽トラをさらっていくシーンなどは痛々しいほどリアルに思い出され、
僕はあのような状態で亡くなった方々に、かける言葉が見つからない。ただただ目をつむり合掌するのみである。
それにしても自然災害が起こることは理屈という観点では理解できなくもないけれど、
何故、生を受けたものがあれほど凄惨な死に方をしなければならないのかは僕には分からない。
お子さんを抱えるお母さんも居ただろう。
まだこれから働き盛りで、元気がもりもりだったお父さんも居ただろう。
子供、おじいさんおばあさんも居ただろう。
勿論人間ばかりではなくって、犬や虫たちだってあっただろう。
そうした生きるものたちの大半は冷たい海水に浸され流されていった。
人がこれまでに育ててきた道徳心や規範性など「人としてどう生きるか」
といった現代社会の土台となる考え方は震災を前にすると全く役に立たないでいる。
親を失った子供に「どうしてお母さんやお父さんは死んでしまったの」と聞かれた場合、僕らは一体なんと返せばいいのだろうか。
そもそも「なぜ、人は死ぬのだろう」と考える前に「なぜ、僕らは生きているのか」という質問に対する答えすら、
僕らは何も聞かされてはいない。
何をする為に生まれてきて、どうして老いていき死に至るのかという疑問を考えることは、僕は決して無駄ではないと思う。
そこから生がよりくっきりとした輪郭をもってきて、人生をまっとう出来るのではないか。
「なんで生きてるかって?
そんなのは単純だ。子供を作るため、子孫を繁栄させるためさ」と人は言うかもしれない。
こんなことを考えていると「まあそんな深くなんがえずにさ、気楽にやろうよ」なんて言って、
僕に声をかけ続けてくれた長年連れ添ってきたパートナーも、今は居ない。
今年になって彼女がなぜ僕から離れていってしまったのかも、正直に言えばよくわからない。
こちらは復縁を望んでいるけれど、人は僕に「まあそんな深く考えずにさ、気楽にやろうよ」なんて言ってくる。
こちらの気も知らずに声をかけてくるそうした心ない人たちの投げる言葉の意味性も、僕にはよくわからない。
上述した通り、正直な所こういった諸々があって、だから僕には2011年という年がよくわからない。
来年はもっと単純に、志向性的にも精神および肉体的にも楽を感じたいな、と思います。
ちゃんちゃん。
written by ibukijohn.
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