2012年11月1日木曜日

「2012年のビンゴ・ピンボール:第二話」

ここ数年でいろいろなことがあって、順を追って話をすると
とてつもなく長い小説が書けそうな気がしているけれど、
そうしないのはきっと、つまりは、ぼくが面倒くさがりだからだろう。

ぼくはここ数年で、面倒なことをしなくなっていった。

それにぼくが西に東にと奔走している間にも、
時計の針は休むことなくカチカチと正確に進んでいたようである。


20代のはじめの時点においてのぼくは何かにつけて、至るところに顔を出し、
殴られたり、あるいはかわいがられたりした。

そういう意味では、ぼくは非常に活動的だった。

面倒かどうかなんて、考えたことがなかった。

雨が降っていても、暑苦しいような天気だって、関係がなかった。
あんまり怒ることもなかったし、多くの人の意見を聞いて、見て、そして考えた。

東の方に病気の子供がいたら、行って看病したし、
西に疲れた母がいたら飛んで行って、その稲の束を負った。

南に死にそうな人がいたら「怖がらなくてもええで」と言い、
北に喧嘩や裁判沙汰があれば「つまらん」と言った。


いや、言ってない。

ぼくは宮沢賢治のようにどこの誰だか分からないような人に突然
「つまらん」なんて言わない。
そういう意味では宮沢さんはかなり無鉄砲だ、とさえ思う。

…さてと、冗談は置いておいて、

様々な人や文化に触れて、食べ、聴き、語り、そうした交流の中で、
ぼくは自分というものが「一体どういう存在なのか」と考えてきた。

あるいは「何をするために生まれてきたんだろうか」といった、
いわゆる人間の根源たる“なぜ生きているのか”といった壮大なテーマに、
それこそ取り憑かれたように探し求めていたと思う。

しかし、来年30才を迎えるぼくは、もうそうしたことは
普段の生活の中では考えないようになっていった。

そうしたテーマは意識の水面下に深く潜っていて、
それがひょっこりと顔を出すのは、時間を持て余した休日の昼下がりぐらいのことであった。


こいつが出てくる時は決まって天気がすこぶる悪くて、
ぼくの小さな部屋の中ではジョン・スコフィールドのLove You Long Timeが
延々とリピートで流れているのである。

隣室では掃除機の音が聞こえ、上空には見たこともないヘリが轟音とともに去っていく。
階下を見下ろすと黄色や青の傘をさした園児たちが、群れをなして右から左に駆けて行った。

誰にでもある、些細な、されど至福の時の流れ。


そんな時間の隙間に彼はぼくの耳の裏あたりからするすると出てきて
「おう、ご無沙汰しとったな」と言う。

ぼくは辟易して「一体何の用だ」と言う。

「ええやんええやん、細かいことは気にせんとき。
 湿度も高かいし神妙な音楽は鳴っとるし、バチコンッときたんやわ。」

彼は部屋の中を一望して「へー、キレイにしてんな」と呟いてからぼくを見上げた。
それからふわりとソファーに腰を下ろしあぐらをかいで、言った。

「そやかてあんた、こんなええ休みの日やいうのに、一人で家おって何してんねんな。
 10年前のあんたやったら、朝一に布団から抜け出してバッグ担いで飛び出してったやんか。」

「ぼくにも色々あったんだよ。
 君が姿を現さなくなってからね。」

「それにぼくは、君に何かを語ることはもう、ないと思う。」

「そんなさみしいこと言わんと。
 おれらずっと一緒やったやんか。
 辛いことも、ええ思いも、一緒に味わってきたやんか。」

そう言って、彼は、本当にさみしそうな表情を浮かべた。


「それはそれ。これはこれ、なんだよ。」

ぼくはそう告げてから彼の頬のあたりを見つめ、それからまた目線を窓の外に戻した。
窓の外ではアスファルトを叩く雨脚が一段と強くなった。

「おやじさんはどうや、具合の方は」

彼はぼくの顔を見つめながら静かにそう言った。

と同時に左手で胸ポケットから器用にハイライトを
一本取り出し、右手に持ったジッポライターで火をつけた。

うっとりと見とれるぐらい滑らかな、ライターさばきだった。

部屋の中にはハイライトの紫色の煙がぐるりと一周し、それから一筋の煙となって、細く開いた窓からひゅるりと出て行った。
後には匂いのカケラすら残っていなかった。

そして当然のことのように、彼の手からハイライトは消えていた。


「おやじは今は京都の病院で闘病中さ。
 君も知ってるだろ。なんでまたそんなことをぼくに聴いてくるんだ。」

「そりゃー、身の回りをえらいきれいに片付けている人間は
 計り知れんなんかを抱え込んでるっちゅう諺を、おれは知ってるからや」

「そうだよ、ぼくは今でも考えている。
 でも昔のように突き詰めて考えたりは今はしない。
 人が生きていること、そして死んでいくこと。
 そういうことはもう、息をすることと同じぐらい自然なことなんだ。
 それは誰かに会ったり、見たり、聴いたりして分かるものじゃない。
 惑星のように軌道上のしかるべきタイミングで、その人自身が見つけるものなんだ。」

「ふうん、えらい老成したもんや。そんなもんかいなー」

「例えば君は、どまでも果てしなく続く白い浜辺の上を歩いている。
 あるとき何かの拍子に足下に目をやり、一つの貝殻を見つける。
 どこにでもある、普通の貝殻だ。
 回りを見渡せば貝殻なんて無数に落ちてるけど、前を向いて歩いていた君は気づかなかった。
 だけど実際には至る所にあったんだ。
 そして君はその貝殻を拾い、そっと耳を当てる。
 と、どこかで聴いたような例えようのないあたたかい種類の音を聴く。
 君はその貝殻を外敵から守るようにそっとやさしくポケットに入れて、また歩を進める。
 もう回りを見ることはない。前だけを向いて、ただ進んでいくんだ。」

「なんや?つまりは歩みが人生で、貝殻が死生観、ってな話か?」

「どうとでも、捕らえてくれたらいいよ」


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