2011年4月6日水曜日

2011年の桜




今年も河川敷に桜の花が咲き誇ってくれた。

人の懊悩や、自然災害や、人災が起こったにせよ、
桜から見れば、そのようなことは横目で見送って、
今年も見事に咲いてくれた。

ここはあえて「咲いた」ではなく、「咲いてくれた」と書いてみたい。







「来年も咲くの?」
と、子供は、何気なく尋ねる。


「ええ、もちろんよ」
お母さんは、そうやって明るく答えた。
言葉には何の根拠もないけれど、明るく気丈に答えていた。



僕はその光景を見て、
かつて母に手を取り連れられ歩いた桜並木を思い浮かべていた。

自分の中の心象風景と現実の世界が重なり、
今いるこの地点がどちら側の世界なのか、もはや判別が難しくなっていった。

それとともに、判別するという行為に意味を見いだすこと自体が、難しくなっていった。


だから僕は、歩き続けた。
ただ、ひたすらに、歩き続けた。

そうして自身の轍を振り返った時、
もう、随分と遠い所まで来たなと、つぶやいて、ひとり黙した。






■■■■追記■■■■
撮影場所:柳瀬川

尚、上記の文章は「Hantamaの頭の中は」からの転載です。

ご興味のある方は、写真家YORIZO
私とのユニットHantama(ハンタマ)もよろしくです!

0 件のコメント:

コメントを投稿

スポンサーリンク