「あっ、ウィスキーを呑もう」と思って居間にとりにいって、
換気扇の下でタバコを吹かしているとき(厳密に言えば吹かす前)
って、詳しく書くほどのことじゃないけど、
たまたまテレビをつけたら日テレが映った。
スーパープレゼンテーションって名前の番組で、
欧米の白髪おじさんが箱を使ったプレゼンを大勢の客の前で行っていた。
僕は夜のこんな時間は(11時頃)いっぱしのビジネスマンが風呂から上がってきて
居間かどっかで足をソファーかなんかに放り投げてくつろいでいて
テレビでも見てる確率高そうだなーなんてこと考えながら見てた。
かくいう僕もプレゼンとか、話術とか、なんかそういった
「一個人が余りある熱量を持って話をする行為」が格別に好きだから
ちょっと見入ってしまって、結果、ハマった。
とても面白かった。興奮した。
アイムエキサイティング、ワズ。
このテレビ番組と、普段テレビを見ないこんな僕とが出会う確率といったら、
それこそエンパイアステータスビルの屋上から無造作に放り投げた紙飛行機が
たまたま良い感じの気流に乗って日本列島にまで辿り着いた、
と表現しても過言ではないような、本当に小さな確率なわけで
僕は持っていたリモコンの音量を30あたりから一気に50まで上げて、見た。
熱弁していた初老の欧米人はハンス・ロスリングさんという人で、
昔は何やら「国境なき医師団的」な活動を行っていたが、
いつしか地球規模で人の看護に当たる活動を専門とするようになり、
ひいてはプレゼンとそのプレゼン力あるいは独自の視覚的かつ
独創的な「表(チャート)」が受け、イギリスの由緒あるテレビ番組が彼専用に
なんらかの番組を作った(そのすごさは僕には分からなかったが)ほどの
人物であるとのことだった。
(それからその後に映した、
マット・カッツさんの「30日間チャレンジ」も面白かった)
まぁなんせ、僕がここで書きたいのは
「人間が熱を持って誰かに何かを説明している、という行為の素晴らしさたるや」
という点であって、彼らがどうこうとかではない。
(しかし牛丼に添える紅ショウガ的に書くならば、勿論彼らのトークは秀逸だった)
熱意は外から与えられるもんじゃなくて、自分の中にあるもの、
つまりはもともと内在しているものじゃないか、と思う。
(初期段階ではそれは外界からのコネクションによって
誘発されることもままあるとは思うけど)
それをいくつ見つけられるか。
あるいはそれを見つけた上でどれだけそれに打ち込めるか。
そういった観点から人生の素晴らしさなるものが決まってくるのではないでしょうか、と
提案して今日は普段よりも早めの就寝を迎えることにすっべか。
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