昨日はちょっと驚いたというか、心を動かされたことがあったのでそのことを書く。
最近は職場で新人の講師を行うことがある。
昨日はM氏という新人男性の電話応対を監督する仕事だった。
これを(どの業界でも使ってる言い回しだけど)OJTと呼ぶ。
オン・ザ・ジョブ・トレーニングの略である。
M氏は実に腰が低く丁重であり、それでいてどこか人を公平に見ている節がある(そんな風に僕には感ぜられた)
年齢や、お客様各位の傾向などに対して分け隔てなく接していて、対応に卑しさがない。
僕は簡潔にいうと初見で好感を持った。ちなみに僕より八つぐらい年上だ。
僕が彼のOJTに就くのは、昨日が3回目だった。
さて業務が開始し一件、また一件とお客様を対応する。
そして毎回、今しがたの応対に関しての質疑応答を受けるのである。
僕「お疲れさまです、さてと、どうでしたか今回の件は」
M氏「ええ、まぁ、普通にできました」
僕「ところで今のお客様、宮城県は気仙沼の方でしたね」
M氏「あれからもう一年が経ちましたか。あの大地震から」と、彼はどこか遠い目をした。
僕「どうかしましたか、Mさん」
M氏「いえ、実は僕、生まれは青森なんで、やっぱり東北地方のことがいつも気になってて。
さっきのお客様にも、もう最近は大丈夫ですか、何か足りないものなど無いですか、とか声をかけようかとも思ったんですけどね」
僕「そうなんですね。でもお客様対応という観点から言えば、やっぱり普通に対応するのがベストだと思いますね。変に気を使う事は避けたい」
M氏「そうですよね、えへへ」
僕「東北と言えば先日、旧知の友人が僕の家に岩手県の日本酒、あー、あれはなんて名前だったっけな、ド忘れしちゃった、あれ、送ってきてくれたんですよ」
M氏「もしかして、南部美人のことですか?」
僕「そう、まさにそれです、Mさんも日本酒呑みますか?」
M氏「はい、まぁでも、最近は金銭的にも厳しいので焼酎を割って舐めてますけど」
僕「へー、麦ですか?」
M氏「芋にはまってます」
僕「そう、でその友人が送ってくれた南部美人の大吟醸が実にうまくてですね。友達と二人で冷やでガーッと勢いよく呑んでたら、俺よっぱらっちまいましてね、もうグデーンと仰向けになって、友人にかまわず寝ちゃって」
M氏「あはは、そうですか、その方はよくお酒を送ってくれるのですか?」
僕「そうですね、過去にも色々頂いてるんですけど、今回の日本酒は東北復興支援だって事で、送ってくれたんですよ」
と、ここまで会話をぽんぽんと続けてきて、突然M氏が下を向いた。
僕には何やら苦しそうに映ったので「大丈夫ですか、Mさん」と声をかけてみた。
M氏「ああぁ、ええ、ええ、大丈夫です。すません心配おかけして。
いえ、あれです、今の話を聞いて胸がすごく熱くなっちゃって。
そんないい、友人がいらっしゃるんですね。ダメですね歳を重ねると、涙もろくなるというか。
僕も何かしなきゃって思いました。思っててもなかなか出来ないんですよね、これが。ダメですよね、動かなきゃ。せめて、その友人の方にありがとうと、伝えてもらえませんか」
彼はそこまで一思いに話すと、体の奥の方からマグマのように沸き起こってきた熱い涙を溢れ出さないように周りに気をつかいながら、そっと左手のワイシャツで拭ったのであった。
僕はそんなM氏を見るともなしに見ながら、旧友がとった復興支援の方法に感服し、その旧友が贈ってくれた南部美人が辿った軌跡を思い、更には僕のみっともない酒の飲み方に関してを思い、最後に今や机に突っ伏して泣いている僕の知らないM氏の遠い故郷のことを思った。
僕「見えないけれど、どこかで、誰かが、誰かを支え合って生きているんですよね。
さぁMさん、次のお客様を助けてあげてください」
と、僕はいつになくクサい言葉を選んで投げた。
(この場をうまく回収するにはこのような言葉しか思いつかなかったのだ)
M氏「はい、どうぞ、よろしくお願いします!」
M氏は勢いよく次のお客様の電話応対に着手したが、どうやら呂律がうまく回っていないようだったので僕は声を殺して笑ってしまった。
会社の外ではビルに挟まれた小さな公園に咲いている桜の下で宴会をやっている大学生らしき声の大騒ぎが聞こえる。

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