2012年4月6日金曜日

ものを書くということに関して僕が書くことができること




ものを書くということに関して僕が書くことができることというのは、実際のところ限られてくる。

なぜって現時点での僕は、小説家でもなければ出版業界に携わっているわけでも無いからしてそもそもが業界全体のことを知らないし、ましてや〇〇大学の○学科を出たわけでもないからして云々かんぬん…だから、である。

でもそこらあたりのまどろっこしい、実際に商業的に出版しているかどうかなんかはもうこの際抜きにして、少しでも思っていることを気楽に書き出していければこれ幸せである。
そして書き上がったそれを誰かが読んで何か感じてくれたり、また何も感じなかったとしてもその情景やらそこに書かれている心の移り具合なんかを見てもらえたらありがたい。

それに僕は日本の所々で自分の文章をポストカードにして販売しているんだし、詩に関して言えば携帯版のデコメにもなって、YORIZOと一緒にHantamaとして中学校で講演をやったり、個展を開いたりしているんだから(と、がんばって自身を鼓舞して)もっと自分の文章なるものに自信を持つべきなんじゃないかとも考えたりする。



そんなこんなで、やっぱり僕は書くことが好きなんだな、とここ最近よく思う。

書く作業をする場所は自宅やカフェなんかで、熱いコーヒーを右側において(右手でカップを掴むから)Macをぽちぽちと打って頭の中に転がっている言葉の一つ一つを文字に起こしている時の気持ちよさったら(これも表現が難しいけれど)ない。


なんていうか、ホームランを打った直後にランニングしているホームランランナーのことを思い浮かべて欲しい。
カキーンと打って歓声に包まれながら走って、走りながら色んなことを考えている、そんな男のことだ。

飛んでいった弾道のことを考え、今日のゲームの流れから打点を上げた現時点それから今後のゲームの動きを予測し、
同じチームのみんなのことや、さっき三振に終わった四番打者のことを考え、監督の横顔を思い、ホームベースをきっちりと踏むことを考え、昨日の女の子との情事を考え、故郷に多く雪が積もって地滑りを起こしていることなど、ひっちゃかめっちゃかに考えている。

男の頭はそんな色んなものに占有されてる状態だから足はもうほとんど自分の意志とは呼べないぐらいに無意識下におかれているけれど、
それでも交互に足を前後させ三塁を周り、風を全身で感じながらなんとかホームに戻ってくる。


小説や文章を書いている時ってのはもしかしたらそんな状態なのかもしれない。
頭の中は昂揚感に包まれたホームランランナーみたいにまるで雲の上にいるような感じなのに、手はしっかりとキーをタイプしている。

そういったもろもろを考えながら僕は書いているんだけれど、もしかしたらホームランランナーとなんだか似ている部分があるのかもな、と思いながら今日から始まった阪神巨人三連戦を横目で見ていた。


野球観戦もそうだけれど文章を書くというようなこういった高揚感が感じられる行為が僕は好きだ。


ちなみに余談だけど最近僕はiPhoneのフリック入力で文字を起こすスピードが昔に比べて格段に向上している。
だいたい、パソコンで打ち込む速度の半分くらいまではきた。

でもさっきのホームランランナーじゃないけれど、それでも半分のスピードだから、結果体で感じられる風の量も半分になってしまう。
あるいはフリック入力の速度をもっともっと上げなければならないなと(ぼんやりと)思ったりしている。

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