ついさきほど横浜スタジアムで行われていた中日対DeNAの試合が終わった。
3−0で中日が新体制の横浜を下したようだ。
今日は休日だったので夕方から自宅にて、初めて買った「炙麦(せきばく)」という変わった名前の麦焼酎をお湯で割り割り呑んでいた。
そして、他局で行われている巨人対広島戦を観たりして、またその傍らで鱈の煮付けをコトコトと弱火で煮込みながら、左手で持ったお湯割りをぐびりとやって、たまにキャベツのキムチ漬けを口に運んだ。(なんで夜分においらはこんなに忙しい感じなのかは不明)
そもそも僕は野球が特別に好きというわけではなかったのだけれど
小さいときから4つ下の弟が少年野球などをやっていたためかこれまでに僕は結構な頻度で野球というものを観てきた。
小学生時代、例えば夏休みとかだって、弟は少年野球で朝早くから小学校で
あるいは中学になってからは中学校のグランドで「ファイットー、ファイットー」などとチームのみんなで声を掛け合って必死に頑張っていた。
そして僕はと言えば炎天下の中で一人、帽子を深く被りそれをただ観ていた。
大人になってからもN氏という野球好きの整体師と出会ってからは、たまに西武ドームにセパ交流戦などを観に行ったりしている。
野球というスポーツを観てて思うのは「これは球とバットとグローブを借りた人間ドラマだなぁ」ってことです。
監督の場面場面の采配や、バッターが打席に立ったときのあのなんとも言えない緊張感。
それにバッテリーの相性から、審判の判断に至るまで、じっと観ていると人間交差点じゃないけれど、様々な人間模様が垣間見えて思わず「あぁ奥が深いなぁ、野球っていいなぁ」と思ってしまう。
しかもいざ球場に足を運ぶと、ファンの方々の鬼気迫る応援に度肝を抜かれたり、カップルで来ている二人を見かけたりすると「あぁ、野球が好きな女の子っていいな」と羨ましく思ったりと何かと刺激を受けることが多い。
普段テレビに向かって声をかけてる選手を見ながら片手にビール、もう片手にはメガホンを持って(自分がそんなにめちゃくちゃなファンじゃなかったとしても)「かっ飛ばせー、あっらっいー」って応援団につられて声だかに言ってる時の高揚感ったら無い。
(もちろん「かっ飛ばせー、ぶぅらぜるっ」でも可。
はい、何を隠そう僕はにわか阪神ファンである)
なんでもそうだけれど、誰かと何かを一緒に懸命に応援したり、何かを共に打ち込んだりして共感するっていうのは実にいいことだなぁと僕は以前から考えている。
それはもちろんプレイしている選手の方々だって(例え仕事といえども)毎回とまではいかないかもしれないけど、高揚に包まれて抱き合ったり、拳を握って悔しがったり、互いに共有、共感していることだろうと思う。
それともう一つ野球に関しておもうことはビールがよく合うなーということ。
球場で呑むんだったら、銘柄は特に気にならない。
もはやなんでも(恐らく発泡酒だって)おいしく感じてしまうだろう。
球場はまるで魅惑のスパイスみたいに口に運ぶものをおいしくしてしまう。
ビールはもちろん、焼きそば、焼きうどん、それに普段は食べないポップコーンだってうまい。長岡花火大会会場で打上る花火を見ながらも思ったことがあるけれど、その場の空気や自分を取り巻く周りの情景が、なんでもないご飯をとんでも無くおいしい食べ物に変えてしまうことがある。だから「食事は空気もん」って言うのかな。
もちろん絶景にて、気の合う仲間と飯を食えれば例えそれがカップラーメンであったとしても、とてもおいしいんだろうなぁと、そのようなことを自宅にて鱈に汁をかけながら考えた23時であった。
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